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開校までのストーリー

エステティシャンとして勤務していた時代

21才からの約8年間で4つのエステティックサロンに従事し、29才の時に大阪市北区のマンションでエステティックサロンを開業しました。

1つ目に従事したサロンは、日本生命が出資した、フランスのメイクアップアーティストブランド【ジャン・デストレ】のフランチャイジーサロンで、大阪の老舗美容室が経営する、広いリラクゼーションルームにアロマの香りが漂う高級感のあるサロンでした。

メニューは、フェイシャル、ボディのリラクゼーションメニューとWAX脱毛。

フランチャイジーですので、教育はすべてOJTが仕組み化されており、研修は東京本部で実施され、顧客管理や肌診断は、すでに一太郎というパソコン管理で行われていました。

「三つ子の魂百まで」と言いますが、今の私の主な仕事、「制度や仕組みをつくるだけではなく効率的に機能するOJTの仕組みづくり」に、大きく影響しているサロンです。

元々は、2つ目に勤めたサロンに採用されていたのですが、そちらでは未経験者の教育ができないとのことで、こちらのサロンに研修から実務まで、1年間お世話になりました。

2つ目に従事したサロンは、自分が通っていた、美容室と併設された地域密着型のトータルエステティックサロン。(2~4つ目のサロンは法人でしたが小規模/1店舗のみのサロン)

メニューは、トラブル肌対応フェイシャル、痩身、美容電気脱毛と、パックの種類や痩身機器の種類も多い、応用メニューがとても多いサロンでした。

今では信じられないかもしれませんが、その時代では当たり前のように、美容電気脱毛や痩身機器の技術指導をほんの数日間、数時間だけトレーニングを受けて、技術も未熟で理論も理解しないまま、すぐにお客様に入るというような環境でした。

未経験者は教育できないということで、他店で1年間修業させていただいたとはいえ、1つ目のサロンとの違いをとても感じ、次第にサロンの経営方針に疑問を抱くようになっていきました。

そのような悶々とした日々を過ごしながらも、「お客様が求める結果を出せる知識を得たい」と思い始め、直接機器メーカーに問い合わせをするようになったのです。

ところが、自動車メーカーが運転技術は教えないのと同じように、メーカーのインストラクターは機器の取扱いしか説明してくれません。結局、お客様の求める結果につなげるための理論的な知識は得られないまま、お客様の施術に入る日々が続いたのです。

当時はバブル経済の全盛期~余韻の残る時期でしたので、サロンは毎日とても忙しく、労働環境も今のように整っていない時代でした。

サロンの経営方針に納得できない精神的ストレスと肉体的な疲労から腰痛が悪化し、ある朝突然起き上がれなくなって、丸2年従事して2つ目のサロンは退職しました。

その後、体調が回復してもすぐには就職活動をせずに、興味のあったマナーの学校に通い始めたのです。

社会人としてだけではなく、国際交流時のマナーの重要性を学び、また、色々な職業の方とともに学んだことで、とても視野が広がった時期でした。

私が企業研修でマナー研修を行なえるようになったのは、この時期のマナーの学校での学びがあったからなのです。

それから就職活動をして見つけた3つ目のサロンは、前サロンで腰痛になったこともあり、健康サロンに就職。

そのサロンは、日本エステティシャン協会(現 日本エステティック協会)の4人の発起人のひとり、大阪の山本皮膚科の山本茂一院長が顧問をしていたサロンでしたので、晩年の山本医師から直接指導を受ける機会が得られました。

私個人の知識レベルは未熟な時期でしたが、医療機関でできること、できないこと、エステティックサロンでできること、できないこと、医療美容とエステティックサロンの役割の違いなどが、おぼろげながらも理解することができました。

そのサロンに勤務して1年ほど過ぎ、「やはりエステティックサロンに勤めたい」と思い始めた頃、4つ目のサロンのオーナーエステティシャンと個人的に知り合い、店長として採用されることになりました。

4つ目のサロンは個人サロンでしたので、ほぼ顧客様で成り立っているようなサロンでしたが、私が店長として採用されたことで、サロン規模の拡大を目指し始めたのです。

集客のためのチラシ作成、ポスティング、駅前でのチラシ配り、接客、カウンセリング、施術、顧客管理など、サロン運営における様々な試行錯誤の経験をし、帰宅が深夜になることも少なくありませんでした。

サロンに勤務した当初は、お客様の顧客管理シートもなく、役務の前受金の実質売上(役務消化)を記入する台帳だけで、運営管理に必要な諸表類もまったく無かったのです。

店長として、無我夢中の1年目が過ぎ、2年目に入った頃、お客様の前受金の把握ができないので、契約金と実質売上(役務消化)を分けた日報を作成して、管理するようにし始めました。

この時の店長としての経験が、後に、個人サロン経営者には《運営管理やスタッフを育成するスキルがほとんど無い》という、個人サロンの運営管理状況を理解する大きな経験となりました。

エステティシャンとしては、当時の日本エステティシャン協会(現日本エステティック協会)が実施していた通信教育を受け、認定エステティシャンの資格を取得しました。

ですが、その知識だけでは理解しきれないことが多く、またもや痩身の低周波機器の理論が分からずに、メーカーに問い合わせをしたのです。ところが、やはりメーカーは機器の取扱いの説明だけでしたので、私が知りたい施術についての理論は分かりませんでした。

そこで、当時愛読していた「ソワンエステ」の編集部に連絡をし、相談をしたのです。

担当者から「低周波機器なら、日本理学美容学院に問い合わせたらいいですよ。」と教えていただき、早速、日本理学美容学院に電話をしました。

日本理学美容学院 創立者 川崎亨二氏は、
日本エステティシャン協会(現日本エステティック協会)の4人の発起人のひとり。
電気療法士として活動後、「美容を科学しよう!」というスローガンのもと、西洋医学と東洋医学の理論及び自社研究所での臨床データから、「理学美容」という健康美づくりの理論及び技法を確立。
1951年に大阪心斎橋で、日本で初めて「全身美容」の看板を掲げる。
その後、日本のエステティックに関する理論体系の確立、機器の研究・開発、エステティシャンの育成、関連する法律の整備、業・身分の確立、1972年発足の日本エステティシャン協会の法人化など、戦後の美容・エステティック業界に多大な功績・貢献を残す。

エステティシャンとして再学習

東京の日本理学美容学院に電話をして、「低周波機器に関するテキストが欲しい。」とお伝えしたところ、受講生にしか販売していないので「販売できない」との返事でした。

そこで諦められるはずもなく、「今はエステティックサロンに勤務しているので、スクールに通うことができない」こと、「どうしてもテキストが欲しい!」ということを伝え、ようやく購入することができたのです。

ところが!! 送られてきた【Physical Beauty】というテキストは、2cmほどの厚みのある、理学美容の臨床データや専門的な内容ばかりで、当時の私にはとても理解することができるはずもない内容だったのです。

その上、他のテキスト類と同じくらいの価格だろうと勝手に思い込み、価格の確認をせずに購入した【Physical Beauty】は、当時の価格で25,000円もする高価なテキストだったのです。(涙)

それからしばらくして、日本理学美容学院から電話があり、「あなたはとても熱心なので、大阪校で講座を開講します。何曜日なら通えますか。」と問われました。

せっかく購入したテキストの意味も理解できずに途方に暮れていましたので、希望日を伝え、講座を受講することになったのです。

ここまでは、感情面についてあまり書いていませんが、若い頃の私は、何かの矛盾に気が付くと心の中の「怒り」の感情をコントロールすることができませんでした。
労働基準法などまったく関係ないかのような勤務状況や、毎月求められる契約金額(売上ノルマ)と1カ月のMAX実質売上(役務消化)のギャップ、お客様のチケットをこなすだけの施術などに、大きなストレスを抱えるようになっていました。
一方で、経営者に対しては、「私からは見えていない苦労がたくさんあるんだろうな」と、 冷静に見ている面もありました。
そのようなストレスを抱えた日々を過ごす中で、またもや次第に身体にも症状が出始め、フェイスラインには化膿した大人ニキビができ、身体中には色素斑が出て、花粉症になったのもこの時期でした。
今思い返すと、いつも何かに怒っていたように思います。自分で自分のことを、ハリネズミみたいだと思っていた時期です。

【日本理学美容学院での学び】その1

当時の日本理学美容学院は、初代学院長の川崎亨二先生は逝去されていましたので、2代目学院長の月乃桂子先生(当時、日本エステティック協会 副会長、日本ネイリスト協会 会長)から、何と!!! マンツーマンで教えを受けることになったのです。

初めての講義の日、「エステティック業界の健全な発展なくして、自サロンの発展はない!」との月乃先生の強い言葉に、とても衝撃を受けました。

その頃は、独立することを視野に入れて、勤務していたサロンで納得できなかったことを、「どのように自分のサロンで実現できるか」という、自分のことしか考えていなかった私に、「エステティック業界?!」です。

いきなり、「Baaaaa~~~~n」と、視野を拡げられたような衝撃でした。

(その日から繰り返し、その教育を8年間受け続けたのです。)

そして、エステティシャンとして現場で積み重ねてきた疑問が、初回の講義ですべて解消されたということも大きな衝撃でした。今まで解消できなかった疑問をいくつも質問したところ、すべて臨床データから構築された理論背景を含めて説明していただき、「なるほど~」「そういうことかぁ~」と、初めて理解できることの楽しさを覚えたのです。

日本理学美容学院は、「全人的ケア」として、西洋医学と東洋医学の両方の理論をベースとして、理学美容研究所での臨床データから理論を構築していました。

日本のエステティックの基礎理論や機器の研究開発の土台にもなっていますので、そこが理解できると、面白いように色々な知識が繋がり始めたのです。

そこから学びを進め、日本理学美容学院の講師としての教育も受けるようになりました。

講師の仕事は、「テキスト1行の解説を容易な生活用語100行で解説すること」、「テキスト作成は、テキスト1行の裏付けを1000行の臨床データや論文の知識として持っておくこと」、「医療従事者と対等に話ができるように、専門用語も理解しておくこと」と教えられました。

100行や1000行というのは比喩ですが、裏付けのある知識を持って、それを分かりやすく説明でき、かつプロとして専門用語も使いこなせるのが講師の役割だと理解しました。

また同時に、経営者としても、「メーカーの営業やインストラクターの説明に、エステティックサロンの経営者として、疑問を呈したり反論ができるだけの知識を持ち合わせておくこと」ということも、何度も繰り返し言われ続けたのです。

そんな講師としての学びの時期、私にとって大きな問題が起きたのです!

私はある企業で、ケイラク美容*というボディ技術の研修を受け持つことになりました。通常のカリキュラムとしては、1人60時間の受講時間で修了するボディの技術でした。ところが、社員研修の場合は相モデルです。与えられた時間は1人30時間で、半分の30時間はモデルになっているのです。ケイラク美容の開発者でもある月乃先生が60時間で指導している技術を、駆け出しの講師の私が1人30時間で習得してもらわなければならないのです。

月乃先生には何度訴えても、もちろん聞く耳を持ってもらえる訳もなく・・・・

結局諦めて、どうやったら効率的に理論を理解して結果を出せる技術を習得してもらえるのか、色々考えて、工夫を重ねました。

できる限り自分のデモンストレーションの時間は短くすること、形と手順だけではなく、ひとつひとつの動きの意味を説明して、モデルの身体を観察して手を動かしてもらうこと、手順を覚えるまではモデルがテキストを持って、自分も覚えながら次の手順を施術者に伝えること、モデルになっているときに快・不快を体感してもらうこと、最終の研修時にはモデルに完全にお客様のようにリラックスしてもらい、効果を実感してもらうことなど・・・

そうやって私が担当するあらゆる技術研修は、受講者は相モデルで、半分の時間で習得してもらうのが当たり前のようになっていきました。

結果として、短時間で技術者育成ができるようになったのです。

その後、ある企業から技術研修の問い合わせがありました。「その技術に関しては1週間あればデビューできますよ」とお答えしたところ、他の講師には1ヶ月と言われて、「それは時間がかかり過ぎると思って私に連絡したのですが、1週間と言われてこれもまた大丈夫かな」と思ったそうです。

もちろん、スタッフだけの自主練習も含めて5日間ほどで理論も技術もアフターフォローも習得して、スタッフは1週間でデビューすることができました。

それからは、あまり他の講師と比較されることがありませんでしたので、そのスピード感が当たり前だと思われているところもありますが、かなり短時間で理論の理解度と技術力と対応力の高いエステティシャンの育成ができていたと自負しております。

ちょうどその頃、専門学校の規制緩和で、美容学校や医療系、ビジネス系の学校にエステティック科が増え始めました。エステティシャンとしてサロンで仕事をすることと、講師としてのスキルは大きく異なります。

ところが、多くの学校ではエステティシャン経験者を採用して、授業は丸投げの状態でした。国家資格を取得する理美容師や医療系の職業は、それぞれの科目で専任の講師が配属されているにもかかわらず、エステティック科はすべてのカリキュラムを一人の講師に丸投げしている学校が多かったのです。 そのような時代背景から、複数のエステティシャン養成校から講師としての依頼が増え、非常勤講師として授業を受け持ちつつ、講師を育成する時期に突入していきました。

【日本理学美容学院での学び】その2

日本理学美容学院での学びは、カウンセリング(来談者中心療法)や自律訓練法などのマインドコントロール(マインドコントロールという呼称は、オウム事件から使われなくなりました)、心理学、絵画療法、算命学の基本となる陰陽五行説など多岐にわたっていました。その中でも特に興味深かったのは 大宇宙の相似形が小宇宙と言われる人体であるという、自然の中にあるリズムと人の身体のリズムをはじめとする、フラクタル現象(相似形)についてでした。

それから世の中で起きていることや人への興味が尽きない人生になったのです。

月乃先生からは、先生方が「40年かけて試行錯誤を繰り返しながら構築してきた理論体系を、あなたは正解だけを学ぶことができるのだから、あなたはそれを10年かけて習得して、その先に進みなさい。」と、常々言われていました。結果として、8年で離れることになり、経営やコンサルタントとしての、次の学びに進むことになったのです。

そして、月乃先生の言葉の通り、技術や知識を習得したエステティシャンが、独立して自分のサロンの経営者になった時、その次の経営者としてのステージを全力で応援するためのJESMA日本エステティックサロン経営学院を開校することになったのです。

サロンはどうなった?

日本理学美容学院で学び始めた翌年に、自宅兼サロンとして、マンションサロンで開業しました。

2年後に店舗に移転し、計10年ほど経営していましたが、エステティシャンとして、講師としての学びを深めていたその間、サロンの経営はまったく成り立っていませんでした。

雑誌の取材を受けたり、テレビ出演したりと話題にはなったのですが、エステティシャンとしての学びや講師としての仕事で、自分がサロンにいる時間も少なく、他社のサロンの社員教育はできるのに、自分のサロンのスタッフ教育はできず、という状態でした。

その頃に、ある勉強会でステーションカンパニー株式会社の藤原弘呼社長(日本エステティック試験センター 副理事長)に出会ったのです。

藤原社長は、現役エステティシャンでありながら、当時7店舗を経営されていて、自分だけではなく、現役エステティシャンである幹部も含めて経営を学んでいることを教えてくださいました。そして私にも、「1店舗でも経営者、経営を学んだ方がいいですよ。」と、ご自分が経営を学ばれている会を紹介してくださったのです。

早速入会し、経営を学び始めたところ、「なぜ自分のサロンの経営が上手くいかなかったのか」、すぐに理解しました。経営計画や運営管理、最初に勤務したサロンで日常業務として行っていたこと、個人サロンに勤務していた時や自分のサロンではできていなかったこと。それらが頭の中で繋がったのです。

そうです! 経営にも、知識と技術が必要だったのです。

これは今、私がビューティーワールドジャパンで担当しているセミナーのお題目そのままです。

それから間もなく、結婚を機にサロンは閉店をしました。

私はエステティシャンという職業は、心と身体の「美」と「健康」をサポートし、自分や自分の周りの人たちを幸せにできる、素晴らしい職業だと思っています。

ところがまたもや身体に症状が出てきたのです。勤務時にひどくなっていたフェイスラインの化膿したニキビも身体中の色素斑も、ケイラク美容の施術を受けることで完全に綺麗になっていたのですが、今度は手の接触皮膚炎で、手のひらの皮がボロボロに剥けてしまい、施術をすることができなくなっていました。

そこで自分がサロンでお客様に接するのではなく、素晴らしいエステティシャンの育成に集中しようと、結婚後は、講師としての仕事に専念することにしたのです。

後に、日本エステティック研究財団の関東裕美理事長(東邦大学医学部皮膚科教授)の「エステティックで起こる健康被害の原因とその予防策」に関するセミナーを受講し、そのセミナーの内容をまとめた「あってはならない健康被害」~安全な施術をするために「知っておきたい皮膚の知識」~(平成28年6月発行)を学んだことで、自分の身に起きていた、エステティシャン自身の健康被害についても理解を深めることになったのです。
それから、エステティックで起こるお客様の健康被害はもちろんのこと、エステティシャン自身の健康被害についても常に伝え続けています。

専門学校の講師として

サロンを経営している頃からエステティシャン養成校で非常勤講師としての活動を始め、約20年間で7つの学校に携わりました。日本理学美容学院では、すでにエステティシャンとしてサロンに勤務している人やサロンオーナーが対象でしたので、受講される人は常に積極的に真剣に取り組まれていました。

また、エステティックサロンを経営している企業やメーカーが運営している養成校の受講生も、ほとんどの人が本気でエステティシャンを目指している方たちで、一度社会人になってからエステティシャンを目指している人も多く、集中力高く学ばれていました。

ところが、いわゆる学校法人の専門学校のエステティック科の生徒たちは、まったく違ったのです。

19才、20才の生徒たちは、本当にエステティシャンを目指している生徒はほんの一部で、何となく興味があって進学してきた生徒が大半です。授業に興味を持てないと簡単に、素直に寝落ちします。(笑) 

「先生の声に癒されて眠くなる」と可愛い言い訳をされながら、それは楽しい日々でしたが、自分なりに講師のスキルを高めるために、教育の基本は幼児教育だと、シュタイナー教育やモンテッソーリ教育などを学んだり、他の科目の人気のある講師に相談したり、スキルアップ研修を受講したりと、色々な努力を続けながらも、講師としては、大きな修業をさせてもらう日々でした。

そのような日々の中で、大きな気付きを得ることもできたのです。

生徒たちは「美」には興味を持って入学していますので、生徒としてではなくエステティックサロンに「キレイになりたい」と思って来店されるお客様に関わるように接しながら、人の心と身体の両面から関われる《エステティシャン》という職業の素晴らしさを伝えようということ。

また、エステティシャンという職業を選択しなくても、エステティシャンとしての学びは、自分が「美しく」「健康で」「幸せに」生きていくためのスキルになること。

そして、その学びは、将来、結婚したり、子育てしたり、親の介護が必要になった時、また恋愛や友人、就職先の人間関係におけるコミュニケーションなど、自分が幸せに豊かに生きていくためのスキルになること。

この時期の経験が、私がエステティシャンマインドを身に付けることで、
【自分で自分の幸せを創造する「チカラ」を持てるようになる】ということを世に広めたいと思い始めたきっかけになっているのです。

日本エステティック機構設立

ちょうどその頃、日本エステティック機構が設立され、その説明会が各地で行われていました。私も早速、大阪の説明会に参加しました。

その時に《エステティックサロン認証制度》の説明を聞いて、
「これは個人サロンが健全で安定した経営を学ぶきっかけになる!」と、とても感動したのです。

そして、「私も何かこの制度を普及するためのお役に立ちたい」と思い、すぐに現地審査員として申し込みました。

その後、2007年に始まった第1回目の現地審査では、ISO認証の普及にも携わっていたという中小企業診断士の方と一緒にサロン審査を行いました。

その時その方に、「こういったことを世の中に普及していくには20年かかるよ。ISO認証だって20年かかってるんだよ。」と言われたのです。

当時、ちょうど40才になったばかりの私は、「20年・・・私、60才か。想像つかないな。」と思っていましたが・・・《エステティックサロン認証》の普及活動を続ける中で、この時の「20年かかる」と言われた言葉が私の心の中の支えになっていったのです。

プライベートでは

36才で結婚しましたので、出産するには年齢的な猶予がなく(汗)、すぐに不妊治療を始めることになりました。

仕事は週に1回程度の専門学校の講師は続けていましたが、不妊治療に専念するため、他の仕事はセーブしていました。

残念ながら、私のお腹の中では赤ちゃんが育たず、4年で不妊治療は終了。

そこで、私は自分が子供を産んで育てるのではなく、「素敵なエステティシャンを育てよう!」と改めて思ったのです。

専門学校の講師や、業界団体の勉強会、日本エステティック機構の現地審査員などの仕事は続けていましたので、周囲からはずっと仕事をし続けていたように思われることもありますが、10年ほどは家庭中心の生活で、姉の子育てを手伝ったり、義息子が結婚したりと、それはそれで、楽しい時間を過ごしていました。

企業研修及びコンサルタント業務

それから少しずつ仕事の依頼を受けるようになりました。

エステティシャン養成校の講師としての仕事の他に、企業のエステティシャンの技術研修や接客・マナー、カウンセリングなどの研修を行なっていましたが、徐々に技術研修だけではなく、OJTマニュアルの作成や、運営管理のアドバイスを求められるようになってきたのです。

はじめのうちは、手元にあるマニュアルを参考に、OJTマニュアル作成や運営管理のアドバイスをしていたのですが、次第にコンサルタントとしての知識を深めたいと(裏付けを得たい)と思うようになりました。

私は自分のサロンの経営は軌道に乗せることができなかったのですが、経営を学ぶことでその原因を明確にしていましたので、経営において「やってはいけないこと」と「やるべきこと」は理解していました。

ですが、それをアドバイスする立場になるには、コンサルタントとしての知識と技術が必要だと思ったのです。

それからいくつかのコンサルタント塾で学び、次いで、マーケティングを学び始めました。

日本エステティック機構 エステティックサロン認証促進アドバイザー受嘱

エステティック業は、国民生活センターへの消費者被害の相談件数のとても多い産業です。その相談内容の多くが、契約に関することや接客や技術力に関する安全性のことなのです。

それらのことから、エステティック業の運営には、特定商取引法という法律で規制されるようになりました。

ところが、エステティシャンは国家資格ではありませんので、誰でも簡単にサロンを開業することができてしまいます。エステティック業として規制されている法律を理解せずに開業されるサロンが多いのが現状です。

エステティックサロン認証制度とは、経済産業省の指導のもとに「消費者被害の低減を目指すこと」を目的として、「法律を守って、一定基準の教育を受けたエステティシャンが施術をしているなどの要件を満たしたサロンに《エステティックサロン認証》を付与」する制度です。
認証マークを掲げることで、お客様から見て【安全で安心な優良サロン】として分かりやすくし、お客様が優良サロンを選ぶことができるようにしていくために制度化されたました。

なぜ、エステティックサロン認証の取得を目指すことが「個人サロンが健全で安定した経営を学ぶきっかけになる!」と感動したのかというと、エステティックサロン認証の取得を目指す過程で、契約に関する法律や、エステティシャンとしての資格取得の要件を満たすことになりますので、個人サロンの経営者がエステティックサロンの運営管理を学びながら優良店を目指せるからなのです。

これには、経営コンサルタントとしての学びの中で、色々な起業塾やメーカーの講習を受講した際に、エステティックサロンの経営者向けに、とんでもない法律違反で集客をするように指導している塾やセミナーがとても多かったことも理由のひとつです。

エステティックサロンの経営者が、まだ正しいサロン運営の知識を持たない時に、こういったセミナーや講習を受講してしまうと、「知らず知らずのうちに法律違反をしてしまって、それこそお客様からの信頼を失ってしまう」と強く感じたのです。

ところが、仕事に本格復帰して間もなく、エステティックサロン認証の取得サロンが増えていないことを知りました。

私としては、「個人サロンが健全で安定した経営を学ぶきっかけになる!」と思っていましたので、なぜ認証取得サロンが増えていないのかが不思議でなりませんでした。

そこで、オブザーバーとして日本エステティック機構の理事会に参加したり、事務局長に状況をうかがっていく中で、業界団体の課題が見えてきたのです。

経済産業省は、エステティック業界団体に向けて、エステティックサロン認証制度を普及させていくことで、業界団体に未加入のサロンへのコンプライアンスや技術者養成の指導を行なうように指導していたのです。

ところが、私がオブザーバーとして参加した理事会では、ある業界団体の代表が、本来は審査機関であるはずの日本エステティック機構の事務局長に対して、「認証サロンの数がなぜ増やせないんだ」と詰め寄る始末でした。

いやいや、大変失礼ながら、私は、「この人は、いったい何を言っているんだ?それはあなたたちの団体の仕事でしょう・・・」と、心の中で叫んでおりました。

それから事務局長へ、「私に何かお手伝いできることがあれば・・・」とお伝えしたところから、2015年にエステティックサロン認証促進アドバイザー及びサロン認証委員会委員を拝命したのです。

次に、初めて参加をしたエステティックサロン認証委員会。

事務局長が議事を進めようとしたところ、長年サロン認証委員をしているある委員から、「それはどういうことだ?」と質問がありました。初めて委員会に参加をした私にとっても、「そこからですか?」という、サロン認証制度の初歩的な質問でした。

結局その日は、私がその質問に対する説明をして、その日の会議の多くの時間を費やすことになりました。

エステティックサロン認証審査が始まって8年目。あの時、20年かかると言われたのは、内部のこういった課題も含まれるのだと実感した、初めてのサロン認証委員会でした。

それからは、展示会などで「エステティックサロン認証」普及のためのセミナーを担当し始めました。

当初は、広い会場に数人という状況からのスタートでしたが、少しずつ参加人数も増えて、登録サロンの数も増えて参りました。

また、若手の勢いのあるメーカーやディーラー企業様に、エステティックサロン認証制度のことを知ってもらいたいと思い、サロン認証現地審査員の方や業界団体の講師の先生方と共に2018年から定期的な勉強会を続けてきました。

勉強会の参加企業様に、日本エステティック機構の賛助会員になっていただいたり、エステティックサロン認証普及のためのサポートをしていただいたりと、少しずつ認証制度の普及に繋がり始めています。

もうひとつの課題

そしてその頃、もうひとつの課題に気付くことになりました。

講師としてキャリアを重ねてきた先生方が、「学校の一方的な方針変更などで職を失うことがある」ということです。

まだ専門学校で教鞭をとっていた頃、年度明けの講師会議での出来事です。

その時は、エステティック科の講師ではありませんでしたが、学校の主任からある非常勤講師が、「本年度の先生の授業はありません。」と突然言われたのです。その非常勤講師は、すでにカリキュラムの準備なども終えていましたのに、突然の解雇通知のようなものです。

その講師は当然のごとく、かなり憤って主任に交渉していましたが、学校での決定を主任が変更できる訳もなく、その後はどうなったのかは知る由もありませんでした。

それから気になって、エステティックの講師の先生方に確認してみると、そういったこともあるという状況が次第にわかってきました。

社会的には、大学で非常勤講師として働いている先生方の契約状況などが大きくニュースでも取り上げられていた時期です。

そこでエステティシャンとして、講師としてキャリアを重ねてきた先生方には、もっと広い世界で活躍して欲しい、それがひいては、「三面美容を提供するエステティックとして社会に認知されることで、現代社会の課題に貢献できるステージがたくさんあるはず」と、さらなる挑戦へと進んだのです。

一般企業研修講師としての挑戦

エステティック業は、政策として経済産業省が推進している「健康経営」や、厚生労働省が推進している女性活躍推進企業への「えるぼし認定制度」など、「美」と「健康」、そして女性が中心の産業として、もっと広い社会に向けて提案していけることがたくさんあるのです。

自覚症状があっても検査では異常がない「未病」の方や、最近ようやくクローズアップされ始めたホルモンの変調による更年期症状、メンタルヘルス不調者で心療内科や精神科がパンク状態になっている社会課題なども、自律神経の安定を基本とした三面美容を提供できるエステティックサロンやエステティシャンの講師としてキャリアを重ねた講師が関わることで、もっと早期に解決できることがあるはずなのです。

また、2020年6月に発表されたホットペッパービューティーによる「エステサロンに関する意識・実態調査報告書」では、女性の個人高額年収者(600万円以上)のエステティックサロンの利用率が圧倒的に少なかったのです。これは、コンプライアンスや情報リテラシーの高い層には、エステティックサロンが利用してもらえていないということです。

高齢化社会が進んで、人口比率が大幅に変化している日本社会の中で、その点においてもエステティック業としての課題があると感じていました。

そのようなことから、コロナ前の2019年10月に企業研修講師のコミュニティに参加して、大企業や自治体職員を対象とする一般企業研修講師としての学びを始めました。

そこですぐに、「井の中の蛙大海を知らず」とはこういうことかと実感したのです。

同じ日本語なのに、こちらの言葉が通じない、相手の言っている意味が分からない。

以前、経営者の学びの会やコンサル塾で学んでいた時も異業種の方とともに学びましたが、その時は皆が異業種でしたので、それほど気にならなかったのです。

ところが、大企業や自治体職員を対象とする一般企業研修講師のコミュニティの中では、改めてエステティック業の講師として、稚拙さを実感することとなりました。

ですが、そんなことばかりは言っていられませんので、すぐにコミュニティの中の認定講師試験に挑戦しました。

1回目は敢え無く不合格。(涙)

ですが、1回目の試験で様子は分かりましたので、2回目の挑戦で無事合格。

その後、これからいよいよ一般企業研修にも参入しようとした矢先に、コロナ禍に突入。

研修講師の諸先輩方の研修も次々にキャンセルになる中、新参者に仕事が得られるわけもなく、ここは学びを深め、エステティック業の講師として、新たな市場の開拓の時期と考えました。

エステティック業の研修事業はオンライン化を進め、一方で、健康経営や女性活躍推進、自治体営業などのコンサルタントや認定講師の資格を取得し、新たな市場の開拓を進め始めました。

JESMA 日本エステティック経営学院 開校に向けて

講師として学んでいた30代の頃、いつも「次の時代のエステティシャンに」とか、「お客様の求める結果に真摯に向き合っている現場のエステティシャンに、正しい知識を伝えたい」と話していました。それを聞いていた月乃先生から、「なぜあなたは次の時代のことばかりを考えて、今、自分の事業を大きくすることを目指さないのか」と問われました。

私は社会人になったとともにバブル期を経験していたことが影響したのか、自分が目立つことや事業を拡大することにはあまり興味がありませんでした。

それよりも、自分がサロンに勤めていた時に、知識や技術不足でお客様に結果を提供できなくて申し訳ない気持ちでいっぱいだったことや、夢だったサロンを開業して喜んでいたのは束の間で、経営者としてサロンを軌道に乗せるにはどうすれば良いのか分からずに不安でいっぱいだったこと、きっと今も、当時の私と同じ思いをしているエステティシャンやオーナーエステティシャンがたくさんいるのではないか、エステティシャンとしてのキャリアを重ね、エステティシャンとしての知識があるからこそ過大公告気味な集客方法に抵抗を感じて、集客や経営に悩んでいるのではないか。

そうです!

月乃先生方が40年かけて構築してきたエステティックの基礎理論体系と講師としてのスキルを、私が8年で学び実践してきたのと同じように、その次に20年かけて学んできた
「お客様に安心して通っていただけるエステティックサロンの経営」を次の時代に伝えていきたいのです。

そのために、経営、集客、接客、施術、アフターフォロー、確定申告など、すべてをひとりでこなさなければならない、超忙しい個人サロンのオーナーエステティシャンが短時間で経営のスキルを習得できるように、すきま時間で学びやすく、ステップに沿って学びを深めて実践していけるように。
そしてスキルの習得だけではなく、継続的な運営までサポートができるようにと、構想から6年をかけてシステムとカリキュラム、サポート体制を整えて参りました。

私は、日本各地にエステティシャンとしての「高い志と熱意」、「健全な経営力」や「人材育成力」を持ったオーナーエステティシャンの仲間を増やしたいと思っています。 そのようなエステティックサロンの組織力が増すことで、地域社会の人々のこころとからだの「美」と「健康」の維持増進に貢献できるようなエステティックサロンを増やしていきたいのです。

事業者協同組合 設立に向けて

「巨人の肩に立つ」という言葉があります。
これは、「先人の偉業に基づいて仕事をする」という意味です。
どのような産業でも、その道を切り開いてきた先輩方の偉業によって成り立ってきているのですね。
そしてその偉業を学ぶことが、自分のサロンを成長させていくことにつながっていくのです。

それが体系化された制度のひとつが、エステティックサロン認証制度なのです。

日本エステティック経営学院のカリキュラムは、中小企業庁及びエステティックサロン認証基準に準拠して作成していますので、任意ではありますが、学びを進める中で、エステティックサロン認証を取得することも可能です。

ですが、現行のエステティックサロン認証基準では、個人サロンでは体制が整えにくい基準もあることから、そういったバックアップ体制を含め、事業者協同組合を設立いたします。

事業者の組合ですので、フリーランスの講師の方々にもご加入いただけます。エステティックの講師の新たな活躍の場の創出として、自治体への働きかけを行なっていく計画です。

日本の政策、自治体の総合計画から、日本や各地域の自治体が進もうとしている方向性を把握し、エステティック業として貢献できる事業への参加を目指します。

また、社会人先生として、中学生・高校生に向けて、こころとからだの「美」と「健康」をテーマに講義を提供することで、こころとからだの「美」と「健康」を健やかに保つ知識とともに、エステティシャンという職業の認知も高めていく計画です。

そこからエステティシャンを目指してくれる人が増えることも期待して!!

これらの計画は、私にとっては当たり前のようでもあり、壮大過ぎるようにも感じる計画です。

ですが、ただひとつ言えることは、この計画は決してひとりで成し遂げられることではありません。

それこそ長くエステティック業に携わってこられているメーカーやディーラーの皆さまも、エステティシャンとしてのキャリアを重ねて独立された多くのサロンオーナー様が、経営が成り立たずに廃業していくのを歯がゆい思いで数多く見てこられています。

メーカーやディーラー様ができる限りのサポートをされたとしても、実際にサロンを経営していくのはサロンオーナー様です。オーナー様自身が経営力を習得しなければサロンが成長し続けることは難しいのです。

このような、個人サロンの経営課題を同じように感じてきたエステティック業界関係者の皆さまには、どうすれば個人サロンの経営力向上のサポートができるだろうかと、これまでにもたくさんのご協力をいただき、ともに歩んで参りました。

JESMA日本エステティックサロン経営学院の学習システムは、そのような志を同じくした業界関係者の皆さまにも活用していただけるように、システムを構築しております。

この計画は、皆さまとの《Joint Project》です。

今後も、それぞれの立場で同じ目的に向かってともに歩んでいきたいと思っております。

最後までお読みいただきまして、誠にありがとうございました。

もし、興味をお持ちいただけましたら、あなたもぜひ一緒に取り組んでみませんか?

同じ志を持ったあなたにお会いできるのを心から楽しみにしています。

2023年12月8日

日本エステティックサロン経営学院

学院長 草野 由美子

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